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水無月が終わります。

今日で、2026年6月も終わりです。

昔の人は6月のことを「水無月(みなづき)」と呼びました。

「水無月」と聞くと、「水が無い月」と思ってしまいます。

でも、実はそうではありません。

この「無」は、「無い」という意味ではなく、「の」という意味で使われています。

つまり、水無月=「水の月」

ということです。

田んぼに水を引き、田植えを終え、田一面に水が張られる季節。

だからこそ、「水の月」と呼ばれるようになりました。

日本の言葉は、本当に奥深いものです。


子どもたちも同じです。
言葉だけを見てしまうと、誤解することがありように、
行動だけを見ても、本当の気持ちは見えません。

だから私たち大人は、「なぜだろう?」と、一歩立ち止まって考えることが大切です。

言葉の意味を知ると世界が広がるように、子どもの背景を知ると、その子への見え方も変わります。


一年の折り返しとなる今日。

半年を振り返るのも良いのかもしれませんねぇ。

できなかったことではなく、できるようになったことを数えてみる。

少し背が伸びたこと。
少し我慢ができたこと。
少し優しくなれたこと。

成長とは、大きな変化だけではありません。

小さな積み重ねが、やがて大きな実りになります。

どうぞ残り半年も、焦らず、一歩ずつ。

今日という一日が、明日の自分を育ててくれるのですから・・・。

ぼくは泥だんご

こんにちは。

ぼくは泥だんごです。

ただの土じゃありません。

泥だんごです。

さっきまで地面の中にいました。

誰にも気づかれず、

踏まれたり、

蹴られたりしながら過ごしていました。

ところが今日、

小さな手がぼくを見つけました。

「これで作ろう!」

そう言って集められ、

水をかけられ、

ギュッギュッと握られました。

正直に言います。

最初はひどいものでした。

ボロボロ。

グチャグチャ。

丸くなる気配もありません。

でも、その子はあきらめませんでした。

崩れても作り直し。

割れても作り直し。

手も服も泥だらけです。

それでも、

何度も何度も丸めてくれました。

そして気がつくと、

ぼくはこんなに立派な泥だんごになっていました。

大人の人は言うかもしれません。

「ただの泥だんごだね。」

でも違います。

ぼくの中には、

その子の時間が入っています。

工夫が入っています。

失敗が入っています。

頑張りが入っています。

だから、

ぼくはただの泥だんごではありません。

その子の挑戦のかたまりです。

ピカピカの宝石には負けるかもしれません。

でも、

世界中を探しても、

まったく同じ泥だんごはありません。

だって、

ぼくはあの子が作った、

世界にひとつだけの作品だからです。

今日もぼくは誇らしい気持ちで、

小さな手のひらの上にいます。

「見て!」

という声と一緒に。

そして、もし話せるなら、

こう言いたいのです。

「ありがとう。

あきらめずに作ってくれて。」

泥だんごのぼくは知っています。

立派なものは、

最初から立派だったわけではないことを。

よみもの:「今日は行きたくない」

朝の玄関で、翔太は靴を履かずに立っていた。

「どうしたの?」

母の美咲が声をかけると、翔太は小さな声で言った。

「今日、サッカー行きたくない」

美咲は少し驚いた。
翔太は半年前からサッカー教室に通っている。

最初は楽しそうだった。
けれど最近、練習が少し難しくなってきていた。

「どうして?」

「だって、疲れるし。コーチに注意されるし。うまくできないし」

翔太は下を向いたまま答えた。

美咲は、胸が少し痛くなった。
嫌がる子どもを無理に行かせるのはかわいそう。
泣きそうな顔を見ると、休ませてあげたくなる。

「そんなに嫌なら、今日は休む?」

そう言いかけたとき、後ろから父の健太が声をかけた。

「翔太、本当に行きたくないのか?」

翔太はうなずいた。

「うん。行きたくない」

健太はしゃがんで、翔太と目の高さを合わせた。

「そっか。行きたくないんだな。疲れるし、注意されるし、うまくできないから嫌なんだな」

翔太は、またうなずいた。

「うん」

健太は少し黙ってから、ゆっくり言った。

「その気持ちは分かるよ。でもな、そういう気持ちは翔太だけじゃないんだ」

翔太が顔を上げた。

「え?」

「面倒くさいな、行きたくないな、うまくできないから嫌だな、注意されるの嫌だな。そういう気持ちは、みんなある。お父さんにもあった。お母さんにもあったと思う」

美咲も静かにうなずいた。

「でもね、翔太」

健太は続けた。

「嫌だからすぐやめる。行きたくないから行かない。そればかりにしていると、少し嫌なことがあるたびに逃げるようになってしまうんだ」

翔太は黙って聞いていた。

「もちろん、本当に苦しいなら休んでいい。本当に体がつらいなら、無理しなくていい。誰かにひどいことをされているなら、お父さんとお母さんは絶対に守る」

健太の声はやさしかった。

「でも、今日の翔太の『行きたくない』は、どうだろう。少し疲れるから。うまくできないから。注意されるのが嫌だから。そういう気持ちじゃないか?」

翔太は少し口をとがらせた。

「だって、リフティングできないんだもん」

「できないから練習するんだよ」

健太は真剣に言った。

「できることだけやっていたら、できないことはずっとできないままだ」

翔太は何も言わなかった。

美咲はその様子を見ながら、以前の自分を思い出していた。

前にも翔太は「行きたくない」と言った。
そのとき美咲は、すぐに休ませた。
「本人が嫌だと言っているから」と思った。

けれど本当は、美咲自身も思っていた。

もう少し続けた方がいい。
途中で投げ出さない経験も必要だ。
うまくいかないことを乗り越えてほしい。

でも、それを言えなかった。

嫌われたくなかった。
泣かせたくなかった。
無理をさせる親だと思われたくなかった。

それは翔太のためだったのか。
それとも、自分が向き合うことから逃げていただけだったのか。

美咲は深く息を吸った。

「翔太」

今度は美咲が言った。

「お母さんも、翔太の気持ちは分かるよ。行きたくない日もあるよね。うまくできないと嫌になるよね」

翔太は小さくうなずいた。

「でも、お母さんは、今日は行った方がいいと思う」

翔太が母を見た。

「なんで?」

「うまくできないから。だから、行った方がいいと思う」

美咲は言葉を選びながら続けた。

「できないことから逃げない練習をしてほしい。少し嫌でも、やるべきことをやる力をつけてほしい。全部が楽しいことばかりじゃないって、少しずつ分かってほしい」

翔太は不満そうだった。

「でも、嫌だ」

「うん。嫌なんだよね」

美咲は翔太の肩に手を置いた。

「嫌でも、行こう」

その言葉は冷たくなかった。
けれど、はっきりしていた。

翔太は目に涙をためた。

「お母さん、ひどい」

美咲の胸がまた痛んだ。

けれど、今日は引き下がらなかった。

「ひどいと思うかもしれない。でも、お母さんは翔太のために言っているよ。今日だけ頑張ってみよう。終わったら、何が嫌だったか一緒に話そう」

健太も言った。

「今日行って、それでも本当に無理だと思ったら、また考えよう。でも、行く前から逃げるのはやめよう」

翔太はしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくり靴を履いた。

「……今日だけだからね」

美咲はほっとした顔をした。

「うん。今日、頑張ってみよう」

その日の夕方。

翔太は汗だくで帰ってきた。
玄関を開けるなり、少し得意そうに言った。

「今日、リフティング3回できた」

美咲は笑った。

「すごいじゃない」

「でも、コーチにまた注意された」

「そっか。そんなこともあるよ」

「ちょっと嫌だった。でも、前よりできた」

健太が言った。

「行ってよかったか?」

翔太はすぐには答えなかった。

少し考えてから、照れくさそうに言った。

「まあ……ちょっとだけ」

美咲はその言葉を聞いて、胸の奥が温かくなった。

子どもの「嫌だ」は、本当の限界のこともある。
だから、大人は耳を傾けなければならない。

でも、すべての「嫌だ」が、逃がしてあげるべき理由とは限らない。

面倒くさい日もある。
うまくいかない日もある。
注意されて嫌になる日もある。
少ししんどい日もある。

それは誰にでもある。
そして、そういう日を乗り越えることで、子どもは少しずつ強くなる。

美咲は思った。

子どもの気持ちを聞くことは大切。
でも、子どもの言う通りにすることだけが愛情ではない。

「嫌でもやるべき時がある」
「できないことから逃げないことも大切」
「思い通りにならない経験が、人を育てる」

それを教えるのも、親の役目なのだ。

夜、翔太は眠る前に言った。

「お母さん」

「なに?」

「次のサッカーも……、行きたくないって言っちゃうかも……」

美咲は笑って答えた。

「その時は、また一緒に考えよう。でも、まずは行ってみよう」

翔太は少しだけ笑った。

「うん」

美咲は部屋の明かりを消した。

暗くなった部屋で、翔太は小さな声で言った。

「リフティング、今度は5回できるかな」

美咲は静かに答えた。

「きっとできるよ」

その声は、子どもを押しつける声ではなかった。
子どもの言いなりになる声でもなかった。

子どもを信じて、少し先へ導く声だった。