「書けない」から始める書道支援
できない理由より、まずやってみる

支援の中で、子どもたちの「文字を書くこと」について考える場面は少なくありません。
文字が書けない。
漢字が苦手。
板書が苦手。
字を書くのが遅い。
書き順がめちゃくちゃ。
字が汚くなってしまう。
自分で書いた文字が読めない。
そして、だんだん「書きたくない」になっていく。
一見すると、単純に「文字を書くのが苦手」という話に見えるかもしれません。
しかし、実際に子どもたちの様子をよく見てみると、その背景にはいろいろな要因があります。
その中の一つとして見えてきたのが、鉛筆の持ち方や筆記具の扱い方でした。
鉛筆をうまく持てない。
必要以上に力が入ってしまう。
筆記具を動かす方向が安定しない。
書き順を意識せず、とにかく形だけを作ろうとする。
すると当然、書くことに時間がかかります。
思うように書けない。
疲れる。
うまくできない。
先生に直される。
周りの子より遅れる。
そんな経験が積み重なれば、
「書くの嫌だ」
「やりたくない」
「どうせできない」
となってしまっても不思議ではありません。
そこで今回、支援の中に書道を取り入れてみることにしました。
ただし、最初から本格的な書道をしようとしたわけではありません。
墨をすって、硯を出して、筆を洗って、半紙を準備して……。
もちろん、それができれば理想です。
でも・・・
支援する側にも「できない理由」は、いくらでも出てきます。
墨を使ったら汚れる。
準備が大変。
片付けに時間がかかる。
筆を洗う場所がない。
人数分の道具を用意するのが難しい。
子どもたちが扱えるかわからない。
考え始めたら、やらない理由はいくらでもあります。
それでも、
「やる」と決めたからには、今できる形から始めよう。
そう考えました。
そこで用意したのが、人数分の筆ペンです。
これなら墨をする必要もありません。
準備も比較的簡単です。
片付けもしやすい。
本物の筆とは違いますが、
「筆で書く」
「太い線、細い線を感じる」
「左から右、上から下へ動かす」
「筆記具を押しつぶさずに使う」
といった基本的な感覚を経験するには十分です。
紙の違いから始まった書道の時間
まずは、紙に触れてもらいました。
コピー用紙と書道用の紙を比べます。
「こっちツルツル!」
「こっちはザラザラしてる!」
「厚さが違う!」
「こっちの方が透ける!」
「大きさも違う!」
子どもたちは、こちらが予想していた以上にたくさんの違いを見つけてくれました。
同じ「紙」でも、触った感じが違う。
厚さも違う。
色も違う。
書いた時の感覚も違う。
普段なら何気なく使っている紙一枚でも、比べてみると立派な学びになります。
「書道」と聞くと、きれいな文字を書くことに意識が向きがちですが、その前に、
道具に触れる。
違いを感じる。
おもしろいと思う。
そこから始まってもいいのだと思います。
「左から右」「上から下」には理由がある
筆ペンを使う時には、いくつか約束をしました。
筆を押しつぶさない。
力いっぱい書かない。
横に寝かせすぎない。
姿勢を整える。
基本的には左から右、上から下へ動かす。
そして、ただ「そうしなさい」と伝えるだけではなく、
「なぜ左から右なのか」
を実際に体験してもらいました。
あえて逆方向に筆を動かしてみる。
すると、筆先が引っかかる。
毛が乱れる。
線がガタガタになる。
反対に正しい方向へ動かすと、筆先が整って線が引きやすい。
子どもたちも、
「違う!」
「ガタガタになる!」
「こっちの方が書きやすい!」
と気づいていました。
これは、鉛筆だけを使って説明していた時には、なかなか伝わりにくかったことです。
実際にやってみて、違いを感じる。
失敗してみる。
そして、
「だからこうするんだ」
と理解する。
こうした経験は、とても大事だと感じました。
「好きなものを書いていいよ」で変わる表情
基本的な使い方を確認した後は、
「好きな文字を書いていいよ」
と伝えました。
漢字でもいい。
ひらがなでもいい。
横棒だけでもいい。
自分の名前でもいい。
子どもたちは思い思いに書き始めます。
「雪」と書く子。
名前を書く子。
「焼肉」と書く子。
食べ物の名前を書く子。
知っている漢字に挑戦する子。
気がつけば、そこには、
「字を書かされている子」
ではなく、
「何を書こうかな」と考えている子どもたち
がいました。
「上手!」
「いいじゃん!」
「かっこいい!」
「持ち方いいよ!」
「さっきより上手になってる!」
そんな声が飛び交います。
もちろん、字形が整っていることだけが「上手」ではありません。
正座ができた。
筆を優しく使えた。
右手で持つことに挑戦できた。
話を聞けた。
一枚最後まで書けた。
自分から文字を書こうとした。
それぞれの「できた」があります。
「書けない子」に、もっと書かせるだけでは変わらない
文字を書くことが苦手な子に、
「もっと練習しよう」
「何回も書こう」
「丁寧に書こう」
と伝えるだけでは、なかなか変わらないことがあります。
なぜなら、
本人が「書くことは嫌だ」と感じている状態のままだからです。
苦手なことを、苦手な方法で繰り返しても、好きになるとは限りません。
だからこそ、入口を変える。
鉛筆ではなく筆ペンを使ってみる。
ノートではなく半紙に書いてみる。
正解の文字を書かせるのではなく、好きなものを書いてみる。
すると、今までとは違う反応が見えることがあります。
「もっと書きたい」
「次はこれ書く」
「見て!」
「できた!」
この気持ちが、次につながります。
障がいがあるからこそ、いろいろな経験を
障がいがあると、
「難しいかもしれない」
「できないかもしれない」
「危ないかもしれない」
と、大人の側が先回りして経験を減らしてしまうことがあります。
もちろん、安全への配慮は必要です。
しかし、
障がいがあるから経験しない、ではなく、障がいがあるからこそ、いろいろな経験をしてほしい。
そう思っています。
やってみたら、好きになるかもしれない。
意外な才能が見つかるかもしれない。
「自分はこれが得意なんだ」と気づくかもしれない。
今回の書道も、その一つです。
最初は、
「筆ペンでどこまでできるかな」
と思いながら始めました。
でも、実際にやってみると、子どもたちの反応は想像以上でした。
楽しそうに紙を比べる。
真剣に筆を動かす。
友達の文字を見る。
自分の書いたものを嬉しそうに見せる。
何より、
「書くことを楽しんでいる姿」
を見ることができました。
それだけでも、始めた意味は十分にあったと思います。
できない理由ではなく、できる方法を探す
墨がない。
筆がない。
準備が難しい。
片付けが大変。
支援の現場では、できない理由は本当にたくさんあります。
でも、
「本物の道具が全部そろわないから、やらない」
ではなく、
「今ある環境で、どうすれば経験してもらえるだろう」
と考えること。
今回は、その答えが筆ペンでした。
完璧な書道ではありません。
でも、それでいいと思っています。
まず経験する。
まず楽しむ。
まず「書いてみたい」と思う。
そこから少しずつ広げていけばいい。
これからも続けていこうと思います。
子どもたちがいろいろなことに挑戦して、
「これ好き!」
「これ得意!」
「もっとやりたい!」
と思えるものに、一つでも多く出会えるように。
そんな経験をつくっていくことも、支援の大切な役割なのだと思います。