森のふくろう先生のひとりごと
「存分」と「やり放題」の違い
こんにちは。

森のはずれの大きなクヌギの木で暮らしている、300歳のふくろう先生です。
先日、森の子どもたちにこう言いました。
「今日は存分に遊びなさい。」
すると子ダヌキが言いました。
「先生!存分にってことは、池に飛び込んでもいいし、畑の野菜を全部食べてもいいんだよね?」
先生は思わず羽を落としそうになりました。
いやいや。
それは『存分』ではなく『やりたい放題』です。
どうやら最近、「存分」という言葉を勘違いしている動物が増えているようです。
本来の『存分』とは、
「力を十分に発揮すること」
「思い切り取り組むこと」
です。
決して、
「ルールを無視して好き勝手にすること」
ではありません。
もし『存分』が『やりたい放題』なら、
ウサギは毎日ニンジン畑を荒らし、
サルは他人の木の実を全部食べ、
クマは冬眠せずに一年中寝ているでしょう。
それでは森は成り立ちません。
さて、もうひとつ気になる言葉があります。
それは『適当』です。
先生が、
「この枝を適当な長さに切ってください」
と言うと、
若いカラスがこう言いました。
「適当ってことは適当にやればいいんですね!」
バキッ!
ボキッ!
メキメキ!
……結果、巣が半分崩れました。
『適当』とは本来、
「ちょうどよい」
「ふさわしい」
という意味です。
決して、
「どうでもいい」
ではありません。
むしろ反対です。
状況をよく見て判断する、高度な言葉なのです。
ところが不思議なことに、
辞書を開かなくなった人ほど言葉を軽く扱い、
本を読まなくなった人ほど言葉の意味を決めつけます。
森でも同じです。
地図を見たことのないモグラほど、
道案内に自信満々だったりします。
少し厳しいことを言えば、
知らないことは恥ではありません。
先生も300年生きていますが、今でも知らないことだらけです。
しかし、
「知らないままでいい」
と思ってしまうのは少し危険です。
言葉を学ぶということは、
ただ賢くなるためではありません。
人の話を正しく理解し、
自分の思いを正しく伝えるためです。
言葉を間違えると、
時には人間関係まで間違えてしまいます。
だから先生は今日も本を開きます。
そして知らない言葉に出会うたびに調べます。
種は急いでも芽を出しません。
けれど学び続けた種は、
いつか大きな木になります。
さて。
あなたは最近、辞書を開きましたか?