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工作がしたかった日

今日は森で一羽の小鳥を見かけた。

その小鳥は飛ぶ練習をしなければならない日だった。

けれど小鳥は言う。

「今日は飛びたくない。」

「木の実で遊びたい。」

「飛ぶ練習はしたくない。」

困った親鳥は木の実を渡した。

すると小鳥は泣き止んだ。

その場は静かになった。

誰も困らなくなった。

でも、

飛ぶ練習は終わっていない。


人は困りごとが起きると、

その場を収めたくなる。

泣き止ませたい。

怒らせたくない。

嫌な思いをさせたくない。

それは優しさ?でもある。

でも時々、

その優しさ?が成長の機会を遠ざけてしまうことがある。


今日、ある子が「工作がしたい」と泣いていた。

本当に欲しかったものは工作だったのだろうか。

私はそうは思わない。

その子は、

何が良くて何が悪いかを知っている。

今やるべきことも分かっている。

勉強が必要なことも。

体を動かすことが必要なことも。

自分自身の課題も。

本当は分かっている。

だから苦しいのだ。


成長とは、

知ることではない。

行動することだ。

頭で分かっていることを、

実際にやれるようになることだ。

その間にはいつも、

「自分との戦い」がある。


しばらくすると、その子は自分から言った。

「何をやればいい?」

その一言が聞けた時、

私は安心した。

自分自身の心に少しだけ勝てたのだ。


大人は時々、

目の前の問題を消そうとする。

でも本当に大切なのは、

問題を消すことではなく、

乗り越える力を育てることなのかもしれない。


その子は今日、

工作を我慢した。

その代わり、

少しだけ成長した。

それは工作で作った作品より、

ずっと価値のあるものだと私は思う。


🦉 森のふくろう先生のひとりごと

木の実を渡せば、その場は静かになる。

でも飛ぶ力は育たない。

飛べるようになるために必要なのは、

木の実ではなく勇気だ。

「本当の優しさとは、困らせないことではなく、困難を越える力を信じて待つことなんだよ。」

- 森のふくろう先生 -